賢い顔

昨日、天野祐吉さんのご逝去をニュースで知りました。
http://www.asahi.com/articles/TKY201310200248.html
http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20131021-OYT1T00231.htm
広告業界に多少なりとも携わった事のある人なら、知らない人はいないお名前とお顔だし、「広告批評」は業界では“必読の書”とされていたものです。他のニュースに隠れる程の小さい扱いに驚きましたし、病名が「間質性肺炎」であったことも私をこの訃報に引き止めた理由でした。
私は身近にご一緒させて頂いたことも無かったし、広告業界自体が大嫌いだったので、天野祐吉さんご本人に特別な思い入れは無かったのですが、天野さんが「天野祐吉のあんころじい」というブログでご健在であったことを皮肉にも本日の訃報にて知り、早速そのブログを訪問してみました…
2013-05-17のエントリーで『求む・賢い顔。』と題して実に天野さんらしい洒脱な「批評」を展開されていて、30年程前に制作された「広告」のポスターが何ともパワフルでインパクトがあり、正に私が言わんとしていることを代弁しているように思われたので、ここに転載させて頂きたいと思います。

『求む・賢い顔。』
m_11029613-0c446-1吉田照美さんの「飛べ!サルバドール」(文化放送)で、久しぶりに吉田さんと世間話をしてきました。
翌日、番組のホームページにそのことが出ていたのはいいんですが、吉田さんとの雑談の中で出た上の広告が、ぼくが作ったように書かれてあったのは間違いです。
あれは30年ほど前に、「広告批評」が当時のトップクリエイターの人たちに依頼して作ってもらった反戦広告の試作品のなかの一つで、コピーは糸井重里さん、アートディレクターは浅葉克巳さんです。
吉田さんも番組の中ではっきりそう言っていたのですが、何かの間違いでホームページに誤記されてしまったんでしょう。

吉田さんと会ったのは、10年ぶりくらいだったでしょうか。相変わらず元気いっぱい、いいたい放題を言っていて、ぼくもつられていいたい放題を言って、楽しい時間を過ごせました。
上の広告のことは、その話の中で吉田さんが「いまこそこういう広告がほしい」と言ったのですが、憲法を変えるだの、原発を再稼働させるだの、ホント、世の中、完全に狂ってきた。

糸井さんたちに上の広告を作ってもらったのは、たしか1980年代のはじめごろだったと思いますが、当時は原発がどんどん作られて、新聞には原発の安全性をアピールする広告がやたらに登場したものです。

3・11以来、「日本再生」の声があちこちで起こり、その動きもあちこちで進んでいるようですが、どうもいまの政府のやり方を見ていると、日本を再生しようというときの「日本」は、3・11以前の日本を再生しようとしているように見える。災害も原発事故も起きる前の日本だ。このことについては、高橋源一郎さんなど、すでに何人かの人たちが鋭く指摘していますが、ぼくもまったく同感です。原発を輸出するなんていうのも、その現れの一つでしょう。

安倍さんは「強い国」をめざす、なんて言っていますが、もう経済大国や軍事大国は米さんや中さんにまかせておけばいい。ぼくは「強い国」なんかより、なだいなださんのいう「賢い国」をめざそうという考えに、全面的に賛成です。
でもなあ、いまの政界を動かしている人たちの顔ぶれをみていると、あまり賢そうな顔が見当たらないんだよなあ。人のことは言えないけどなあ。

ブログからほぼそのままの転載ですが、日本全体の「見ざる聞かざる言わざる」といった風潮に少しでも風穴を開けるお手伝いができるのであれば、天野さんも許してくれるはず、と信じます。
この『求む・賢い顔。』と前後したエントリーの『なださんのこと』『あれはなんだったんだ?』等も併せて読んで頂ければ、天野さんやなだいなださんが如何にこの国や世界の行方を憂い、老いて尚パワフルに活動されていたのかが分かります。

一方で、若い頃からその頭のキレと毒舌とで「文化人・有識者」としての名声の頂点に登り詰めた感のある「天才」などは、いざ事が国家規模の事態であると、途端にそのマウスも肝っ玉も萎縮してしまうようです。
「映画や芸術は自分の意見を滔々と述べる所ではない」とはごもっともで、先達の「真の芸術家」がこぞって述べて来た言葉の繰り返しです。「真の芸術家」とは肝心な時に肝心な事柄に対峙できる肚を持った人物であり、しかも「テレビ」を通じてその名声を培ってきたのであれば、それを“還元”できるのは今しかない。オイこら何か言えよ!と思うのですが… それどころか「東京オリンピックの総合演出(監督)のオファー」に意欲満々のようで…
最初期の映画作品や人物そのものには私なりに多大なる評価を送り、その頃はまさに『賢いお顔』をされていたと記憶しているのですが、この急速な凋落、体たらくには心底ガッカリしています。

今の日本には正に『賢い顔』が求められています。

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