為替取引に関係の無い話題で躊躇しましたが、やはり触れずにはいられません。
前回日本に帰国した際、私は広島と長崎を訪れ、双方の原爆の『足跡』を訪ね歩きました。
広島の『平和記念資料館』を訪ねた時です。一人の巨体のアメリカ人が記念館の中で、例えば原爆直後の広島市の廃墟のミニアチュアの写真をパシャパシャと音を立てながら撮っていました。他の旅行者や訪問者も写真を撮っている人はいましたのでここまでは普通です。正直に申しますと、この巨体を揺らし辺り構わずシャッター音を響かせながら写真を撮っているこのアメリカ人は、他の見学者にとってもう十分に「邪魔」であったと思います。
しかし、館内の1階から3階まで吹き抜けた空間に再現された原爆ドームの模型(ミニアチュア)に差し掛かった時です、異様な光景が目に飛び込んできました。床のど真ん中に、その巨体のアメリカ人が”仰向け”になって、彼の大げさに馬鹿でかいレンズを取り付けたカメラを原爆ドームの天井に向けて、アートカメラマン気取りで陣取っているのです。当然、そこは『記念館』ですから、結構な数の見学者がひっきりなしに歩いています。
その“アメリカ人”は、その原爆ドーム模型の床のど真ん中に大の字になって片手でカメラを構えつつ、他の見学者に向かって空いた片手を払うように振りながら「Get out! Get out of the way!! (邪魔だ!邪魔だ!どいてくれ!)」と叫んでいたのです…
冗談のような本当の話ですが、アメリカにも暮らした事のある私には或る意味「想定の範囲内」の出来事でした。他の見学者にはもちろん「唖然」としている人(海外からの訪問者)もいましたが、殆どの日本人には何が起こったのかさえ分からない様子で、皆、その場を避けるように歩いていました。
『我々が解り合えることは未来永劫ないだろうな…』これが私の正直な気持ちです。
原爆が投下されて67年、私たち日本人の間にはその記憶が風化しつつさえあるように思われますが、個人的には、直接的にであれ間接的にであれ日本への攻撃は続いていると思います。何故か(当然ながら、と言うべきか)英語メディアには滅多に出てくることはありませんが、欧州各国では公共放送にさえそういった報道はもう「事実」として流れ、常識として捉えられつつあります。目を見開いていれば、実は日本の国会中継にさえ、そういった問題は取り上げられていることに気付くはずです。
先日取り上げた黒澤明の「失敗作」として位置づけられる作品に『生きものの記録』という映画があります。しかし、例の福島原発事故の後、俄然信憑性を持って取り上げられる事も少なくありません。天才は常に人間の未来を見据えています。
この映画の主人公 – 水爆の恐怖に取り憑かれ一家揃ってブラジルに移住を企て、家族中から世間から「狂人扱い」を受ける老人の印象深い台詞があります -『死ぬのはやむを得ん。だが殺されるのは嫌だ!』-
私の気持ちも全く同じであり、そして私が全ての日本人へ持っていて欲しいと願う気持ちと同じです。
8月6日と8月9日、アメリカによる原子爆弾投下によって尊い命を奪われた方々のご冥福をお祈りするとともに、この記念碑にある言葉の意味を、日本人として、また人間として、深く考え続ける事を誓います。

コメント