先日、映画『テス』ゆかりの地を訪問して来ました… 感無量。
この数日間『テス』のサウンドトラックが頭の中を木霊しています。
[youtube https://www.youtube.com/watch?v=g1aorGp_p8U&w=560&h=315]
今まで一度も取り上げた事はありませんが、ロマン・ポランスキーは、私の敬愛する映画監督の中でも、憧れ中の憧れ、天才中の天才、と言ってよい映画監督です。
「呼吸をするように映画を撮る」と讃えられ「全ての映画監督が嫉妬する才能」とも呼ばれていました。
映画を「物語の筋」で追う愚を絶対に犯さず、常に”視線”で追うショットにその才能が息づいています。食事やパーティーのシーンがあれば、必ず誰かがグラスを落とし(そうになり)ますし、主人公がしばしば屋根裏から落ち(そうになり)ます。『袋小路』で割れる鶏の卵。『ローズマリーの赤ちゃん』の電話ボックスや病院での“汗”。『チャイナタウン』で、切り落とされそうになるジャック・ニコルソンの鼻。『テナント』で“女装”するポランスキー自身。『フランティック』では、屋根から落ちそうになるハリソン・フォード。『戦場のピアニスト』でのキャラメルの包み紙を開く音や、そのたった一つのキャラメルを家族全員で分ける為にナイフで刻んで行く寂しさ、何日も食べていない主人公が缶詰に穴を開けようとして落としてしまう瞬間の絶望的な哀しさと、直後のユーモア… そういったショットショットに、「暑さ」「渇き」「恐怖」や「痛さ」といった”感覚”が息づいています。そして今回の『テス』。テスがイチゴを口に含まされるシーンでは、ナスターシャ・キンスキーの、そのふくよかな唇に吸い込まれそうな… 思わず恋に陥りそうな、そんな錯覚を覚えるのです。
一方、ポランスキーの物語の主人公は、「常に誰かに追われ」そして「逃げ続けなければならない」運命に置かれています。常人ではとても経験しきれない、信じ難い程の数奇な運命に呪われた人生を、何度も切り抜け、脱出し、生き延びて来たバックグラウンドが影響しているのは当然の事でしょう。
米国で「妊娠中の夫人を虐殺」され、「淫行容疑」で国家とマスメディアに追われ、米国を脱出、舞い戻った欧州で撮ったのが、この『テス』です。
主演のナスターシャ・キンスキーも後年堂々と「私とロマンとは、当時、本当に愛し合っていたんです。心から繋がっていたんです」とインタビューに答えていますが、アングロサクソン社会が設けた”基準“に毒されたメディアは、上記『Wikipedia』や『NAVERまとめ』を見ても「ナスターシャ・キンスキーとは彼女が15歳の頃から性的関係を結んでいた」といった「先入観を植え付ける」為の記述しかありません。こういった経緯と心境が、『テス』というあまりに美しい映画の、何ともやりきれない哀しい結末になっていると思います。
米国脱出から30年以上を経た2009年、チューリッヒ映画祭授与式に出席するためスイスに滞在中、前述の淫行容疑を理由にスイス司法当局に身柄を拘束されます。何故でしょう?… 既に撮影を終えていた『ゴーストライター』の内容が既に、米英政府、そしてスイス政府との間で連携されていたからに他なりません。この点に触れたレビューは誰も出していませんが、明らかに「元英国首相がモデル」となっているこの政治ミステリーの「ディテール」(インターネット検索画面であったり、チラリと画面に映る本の記載等です)を食い入るように見つめていれば、それは自ずと明らかになります。米英主導の世界ではポランスキーは十分に世界の裏側を『知りすぎた男』であり、「困った人」なのです。
上記「ポランスキー逮捕」のニュースを聞いた時には、私も流石に「一巻の終わりか」と心穏やかではありませんでした。が、ここでもポランスキーは間一髪、米国への身柄引き渡しを逃れ釈放される事になります。上記「全ての映画監督が嫉妬する才能」とも書いたように、世界中の主要な映画人を中心として、フランス政府その他もポランスキー援護に回ったからです。
終生まで「追われ続ける」人生を送る事に成りそうなロマン・ポランスキーですが、皮肉にも、それが彼の”老いて尚冴え渡る”映画創りに繋がっているようです。
私のロマン・ポランスキーとその映画への賛辞と嫉妬も留まるところを知りませんが、彼の引き受けて来た、そのあまりに壮絶な人生は流石に羨ましくは思えません。
以下、ロマン・ポランスキーの目眩く作品群:
水の中のナイフ Nóz w wodzie (1962)
世界詐欺物語 Le plus belles escroqueries du monde (1964)
反撥 Repulsion (1965)
袋小路 Cul-de-sac (1966)
吸血鬼 The Fearless Vampire Killers (1967)
ローズマリーの赤ちゃん Rosemary’s Baby (1968)
マクベス Macbeth (1971)
ポランスキーの 欲望の館 What? (1972)
チャイナタウン Chinatown (1974)
テナント/恐怖を借りた男 The Tenant / Le Locataire (1976)
テス Tess (1979)
ポランスキーの パイレーツ Pirates (1986)
フランティック Frantic (1988)
赤い航路 Bitter Moon (1992)
死と処女 Death and the Maiden (1994)
ナインスゲート The Ninth Gate (1999)
戦場のピアニスト The Pianist (2002)
オリバー・ツイスト Oliver Twist (2005)
それぞれのシネマ To Each His Own Cinema (2007)
ゴーストライター The Ghost Writer (2010)
おとなのけんか Carnage (2011)
毛皮のヴィーナス La Vénus à la fourrure (2013)
