NOVECENTO ~ 1900年 ~

同じ年−1900年に、地主とその小作人、それぞれの息子として生を受けた二人が、正反対の立場に置かれながら、第一次世界大戦~イタリアファシズム台頭~第二次世界大戦を生き抜いた数十年間(=イタリア現代史)を、5時間以上(ノーカット版)の叙事詩に纏め上げたのが、「早熟の天才」ベルナルド・ベルトルッチ、35歳の時です。
[youtube https://www.youtube.com/watch?v=eLNfHLL_myg?rel=0&showinfo=0&w=600&h=450]
この映画の何処が凄いのかと言うと、実際に映画を観てください、としか言えないのですが、まあとにかく凄いのです(笑)。風が吹きます。農婦の唄声が木霊します。スターリング・ヘイドンが見事な死を迎え、バート・ランカスターが、ドナルド・サザーランドが牛の糞尿に塗れます。若かりしジェラール・ドパルデュー、ロバート・デニーロ、ステファニア・サンドレッリ、ドミニク・サンダが、スクリーンから弾け出るがごとく艶々と輝いています。
[youtube https://www.youtube.com/watch?v=P3liVqQei9o?rel=0&showinfo=0&w=600&h=338]

そんな「早熟の天才」に突然陰りが見えたのが、普通の監督であれば所謂「脂の乗り切る頃」であろう40代半ばで撮った、そして皮肉にも米国アカデミー賞9部門を獲得した『ラストエンペラー』でした。天才の持つマジックや魅惑がスクリーンから消え失せ、続く『シェルタリング・スカイ』『リトル・ブッダ』と惨憺たるものでした。その後も、あまりにも完成された『暗殺の森』『1900年』を知る私には、目にするのも辛くなるような作品が続きました。

実は私、ベルナルド・ベルトルッチご本人にお会いした事があります。イタリア・アドリア海沿いのリゾート地で、イタリア映画の回顧展があり、そこにフランチェスコ・ロージー監督(『シシリーの黒い霧』『予告された殺人の記録』等)とベルトルッチ監督とが招待されていました。
ロージー監督は、その作品内容のイメージに沿った「マフ○アそのもの」という外見でした(笑)。小柄な紳士だと思い込んでいたベルトルッチ監督はというと、ロージー監督に負けず劣らずの巨体で、しかし当時、既に足腰の具合が芳しく無いご様子で、上記したように、その才能がすっかり影を潜めた作品続きだったことから、「映画監督とは肉体労働そのものである」という思いを改めて強くしたものでした。
それでも私にとって、目の前に居るベルナルド・ベルトルッチは現代映画史に輝く巨星の一つには違いありません。控えめな日本人の私は(笑)、作品上映前のベルトルッチ監督のスピーチが終わったのを見計らって声を掛け、ベルトルッチ監督が親切にもサインをして下さろうとしたその時、場内の灯りがスッと落ち−映画の上映が始まり、チャンスを逸してしまった、という、遠い記憶が残っています。