ヘミングウェイとピカソと高倉健

このブログで2回も続けて“男の中の男”について触れるとは思いませんでしたが、“真剣勝負”を愛し、映画人として不器用にストイックに自分を磨き続けた高倉健さんが、2014年11月10日にご逝去されました。

追悼番組や新聞は、今までも幾多となく語られて来たエピソードを繰り返す事でしょうから、ここでは一般にはあまり知られていないエピソードを綴ってみたいと思います。

Arene_corrida数年に一度しか映画に出演しない高倉健さんは、完全にオフの時期には「行方不明」となり、事務所さえ連絡が取れなくなると言われていました(本当かどうかは分かりません・笑)。高倉健さんはその空白の期間を一体どう過ごしているのか・・・テレビであったか雑誌であったかのインタビューに対し、「海外に行っている事が多いですね。ラスベガスでボクシングを観たり・・・最近は闘牛を見に行く事が多いですね・・・」と語っていたのを何故か強烈に覚えています。健さんがボクシング好きなのは良く知られた事実でしたが、実は闘牛に魅入られていたという事実はあまり知られていません。

Morante639実は私も、今の地に暮らすようになって、1年に約2回、多い時で3回、かれこれ10数回は闘牛場に通っています。灼熱の太陽の元、「オーレ!オーレ!」「トロ〜!」の掛け声と共に闘牛士と雄牛が激しく華麗にダンスを繰り返し、絶妙のタイミングで入る楽団の演奏がドラマを演出し・・・そして、円形闘技場の石段を埋め尽くした数千人の観衆が一斉に静まり返る瞬間 -「真実の瞬間」を決して見逃すまいと全ての意識がその一点に集約する「静かなるEnthusiasm」は、その場に身を置いた人にしか分からないでしょう。否、その場に居たにしても、生の“真実”に目を向けない人の心には決して届かないことでしょう。

近年、“動物愛護”やその他諸々の“事情”により、闘牛や他民族の食生活にまで口を出す(手まで出す)国家や団体も居ますが、そういった輩に反論する由もありません。
ただし、皮肉を込めて言うならば、彼らは決してアーネスト・ヘミングウェイやパブロ・ピカソの作品を批判しないであろうし、まして「嫌い」だとは言わないでしょう。大喜びでオペラに通い、レストランでその日の演目『カルメン』の演出や装飾について、したり顔で論じるのが大好きだったりします。そういうレベルなんです。

ヘミングウェイの言葉を借りるならば「闘牛士でもないかぎり、人生を徹底的に生きている人間はいないよ」- この言葉が、闘牛という、現代に僅かに残された「命を賭して生に向き合う」ことに魅入られている人すべての気持ちを代弁するのではないでしょうか。高倉健さんも同じ心持ちで、はるばる海外まで、ボクシングや闘牛を観に通っていたのでしょう。

誤解を招かないように書いておくならば、私は個人的に、ヘミングウェイの小説をあまり評価していません。若かりし頃の「短編集」など酷いもの・・・(以下略・笑)。
「映画は監督のもの」だと思っている私は、所謂「スター映画」には興味がありませんし、それは「スター・高倉健」の映画作品に関しても同じです。しかしそれでもスクリーンに映し出された健さんが輝きを放ち、時には私をどっぷりと「高倉健」の世界に引きずり込んだのは、健さんが「高倉健」という役柄を、命を賭して、スクリーンを通して演じ切っていたからでしょう。密葬も終え、初七日も過ぎてからの発表も、最後まで「高倉健」そのままの生き様を示していたように思います。

死因が「悪性リンパ腫」という点が気になるところではありますが、昨年「文化勲章」を健さんに授けたにも関わらず、政府もメディアも、この死因については完全にスルーするのでしょう。

ヘミングウェイとピカソと高倉健とを繋ぐもの 〜 ひとつひとつ、確実に、この世が“本物”から目を背ける人間ばかりになって行く事に寂しさを覚えます。

映画俳優・高倉健様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。